Perfume 4th Tour in DOME LEVEL3

DOME LEVEL3は創造に満ちたサイバースペース


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幾何学模様を図案化したマークを見る限り、DOME 「LEVEL3」のテーマはおそらく「グローバル」であることは容易に想像できる。

今や国内だけで活躍する時代は終わり、新たに表現をする場所として他のアジアの国々や欧米へと広げていくPerfume。

しかし、ただ世界へ広げて行くだけでなく、そこで集められた情報は再び日本へと送られ、Perfumeを強力に支えていく重要な情報源として活用していくことは言うまでもない。それは、まさに電子の網の目が無限に広がるサイバースペースのような世界を構築している様にも見える。

DOME 「LEVEL3」と言うのは、その無限に広がるサイバースペースを具現化したライブであると言っても過言ではない。

Pefumeのライブは「パソコン教室」が出現すると言われるほど、さまざまな電子装置を駆使してありとあらゆる音と光を繰りだし、彼女たちの音楽とダンスをより高次元へと達成させているが、それは生身の人間である彼女たちが、テクノロジーというものを身に纏い、より質の高い世界観を演出するのに役立っている。

だが、それは周到に準備されたテクノロジーの成果だという見方もあるが、決してそうではない。テクノロジーとの融合は、一つ一つ無駄のない動きがあってこそであり、なによりも彼女たちの高度なパフォーマンスがあってこそテクノロジーとの融合を実現可能にしているからだ。

また、DOME「LEVEL3」はテクノロジーの独壇場ではない。あくまでもこれまで続けてきた事の繰り返しであり、テクノロジーという力を借りてひとつの方向性を導き出しているに過ぎないのだ。

その意味ではDOME「LEVEL3」というのは、「ひとつのライブの終わりは、また次のライブへの始まりでもあり、また新たな挑戦の始まりでもある」 と言っているようにも思えた。

ライブという個人主義

共演者というスタンス

 

京セラドーム大阪

 

僕のライブに対する拘りは、お客と言うより、出演者と言う立ち位置に近いものがある。例えば今Perfumeのドームツアー真っ最中であるが、僕は観客と言う概念でツアーには参戦していない。

僕は他のファンにもこの様な考えで、ライブ参戦してもらえることを願っている。それが僕の本音だ。

あと、仲間と連んで観戦するのもいいが、ライブ中に大声で喋りながらの観戦は感心しない。特にライブ慣れしていない若い学生さんに多いパターンだ。
僕は友達と一緒に観戦しても、ライブ中に声を掛けたりは絶対にしない。友達の集中を切らしたら悪いからだ。

例え、2人以上で観戦していても、必ずそこには「個人主義」というものが僕にはある。それが僕の「ライブという個人主義」と言う考え方なのだ。

よくファン同士グループ結成したりする。はっきり言って、僕はこの考え方に否定的であり、警鐘を鳴らしたい。何故なら、新規参入して来るファンが気後れするからだ。

全てのファンに公平、公正であって欲しいと僕は願う。

これは他から聞いた話だが、あるグループがTシャツを売っていると言う話を聞いた。その話をしてくれたファンの方も疑問に感じていたと言う。

ファンがアーティストの名前をTシャツに入れて商売するのはどいう事なのか、分かっているのだろうかと常識を疑いたくなる。

僕も同じような事をやっているファンが、他に居るのを知っていたから、同じような事を思っているファンがいて安心したのも事実だが、グループ結成をして、そのシンボリックなグッズを売る行為は、そのアーティストへの背信行為に他ならない。

その背信行為は、やがて排外主義へと繋がり、ファンの間で隔たりが生まれる。新旧の隔たりは容易に埋める事が出来るが、グループの隔たりは浸透性が強いため、無意識のうちに広まっていくだろう。