ライブという個人主義

共演者というスタンス

 

京セラドーム大阪

 

僕のライブに対する拘りは、お客と言うより、出演者と言う立ち位置に近いものがある。例えば今Perfumeのドームツアー真っ最中であるが、僕は観客と言う概念でツアーには参戦していない。

僕は他のファンにもこの様な考えで、ライブ参戦してもらえることを願っている。それが僕の本音だ。

あと、仲間と連んで観戦するのもいいが、ライブ中に大声で喋りながらの観戦は感心しない。特にライブ慣れしていない若い学生さんに多いパターンだ。
僕は友達と一緒に観戦しても、ライブ中に声を掛けたりは絶対にしない。友達の集中を切らしたら悪いからだ。

例え、2人以上で観戦していても、必ずそこには「個人主義」というものが僕にはある。それが僕の「ライブという個人主義」と言う考え方なのだ。

よくファン同士グループ結成したりする。はっきり言って、僕はこの考え方に否定的であり、警鐘を鳴らしたい。何故なら、新規参入して来るファンが気後れするからだ。

全てのファンに公平、公正であって欲しいと僕は願う。

これは他から聞いた話だが、あるグループがTシャツを売っていると言う話を聞いた。その話をしてくれたファンの方も疑問に感じていたと言う。

ファンがアーティストの名前をTシャツに入れて商売するのはどいう事なのか、分かっているのだろうかと常識を疑いたくなる。

僕も同じような事をやっているファンが、他に居るのを知っていたから、同じような事を思っているファンがいて安心したのも事実だが、グループ結成をして、そのシンボリックなグッズを売る行為は、そのアーティストへの背信行為に他ならない。

その背信行為は、やがて排外主義へと繋がり、ファンの間で隔たりが生まれる。新旧の隔たりは容易に埋める事が出来るが、グループの隔たりは浸透性が強いため、無意識のうちに広まっていくだろう。

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